由真の肝試し
「怪談っていうと、あたしはなんとなく……ほら、女の人が10枚組みのお皿を一枚隠されちゃう話。
あれを思い浮かべるのよね」
「あぁ、番町皿屋敷だっけ?」
雨上がりのひんやりとした空気の中。
俺と由真は夜中の学校の裏山に来ていた。
いや、別に酔狂でこんな所に来てるわけじゃないぞ。
今日の昼頃、雄二が突然
『貴明、今夜みんなで肝試しやるから夜になったら裏山に集合な!』
とか言い始めたのだ。
最初は行くつもりは無かったのだが、どうやら雄二のヤツは知り合いの女の子全員に声をかけたらしい。
当然その全員には由真も含まれていて、結果――
『たかあきっ、勝負よ!』
と、こうなったワケだ。
そうなると俺に拒否するという選択肢は無いので参加確定となり、今にいたる。
今は待ち合わせ場所で由真と怪談がらみの話をして暇つぶし中だ。
「その人お菊さんって言うんだけど、今でも夜になると現れて『1ま〜い、2ま〜い』って足りないお皿を数えてるのよ」
今由真が話している番町皿屋敷というのは、知らない人はいないくらい有名な怪談の一つ。
確か10枚組のお皿の1枚を隠された女中の「お菊さん」が家の主に怒られて自殺してしまい、そのお菊さんの無念の魂が今でも漂っている、というお話だったと思う。
そんな事を思い出している間にも、由真の皿屋敷講義は続く。
「お菊さんは今でも夜中に足りないお皿を数えてるんだけど、当然足りないでしょ?
それで、その恨みとか悔しさとかイロイロあって、たまたま通りかかった人をどこかに連れて行っちゃうのよ」
得意げに語る由真。
けど、番町皿屋敷ってそんな話だったっけ?
何か違うような気がするんだけどな。
「その連れ去られた人たちは、まだ一人も戻ってきて無いんだって」
「……ちょっと待て、お菊さんを見た人が一人残らず連れ去られてるんなら、誰がその話を広めたんだ?」
「……え?」
今までの得意げな表情が一変し、急にうろたえ始める由真。
まぁ誰も戻ってきてないのなら、お菊さんの存在を知っている人はいないはずだもんな。
「そ、それは、えーっと……あ、わかった!」
パンッと手を叩き、満足そうな表情でしゃべり始める。
「確かお菊さんって成仏させる方法も一緒に伝わってたから、その成仏させた人は連れ去られて無いじゃない!」
「でもその人ってさ、誰かからお菊さんの話と成仏させる方法を聞いたから帰って来れたんだろ?」
「あ゙」
再び固まる由真。
その様子を見ながら、俺はあえて言葉を続ける。
「で、その話を教えた人も誰かに話を教わってないといけないわけで、そうなるとその人より前にお菊さんの話を知っていた人がいる事に――」
「あーもう、うるさい!
とにかくお菊さんを成仏させれば大丈夫なんだから、それでいいでしょ!」
……良いのか?
「で、お菊さんを成仏させる方法なんだけど――」
強引に話を変えようとして、突然言葉が切れた。
「えっと、成仏させるには……」
もしかして、肝心の成仏させる方法が思い出せないんだろうか?
と、首をひねる由真の背後から
「お菊さんが9枚まで数えたところで、『10枚』って言ってあげればいいんですよ」
「わひゃぁっ!?」
突然かけられた声に飛び上がる由真。
「あ、すみません。驚かせちゃいました?」
「いきなり後ろから話しかけられたら驚くわよ!
貴明も知ってたなら言ってよ!」
「いや、俺も今まで気づかなくて」
由真を不意打ちしたのは、いつの間にか現れていた草壁さんだった。
由真の後ろにいるという事は由真の正面にいる俺のからは彼女の姿が見えていたはずなのだが、一体いつのまに来ていたんだろう。
……まぁいいか。
「それにしても、雨が上がってよかったですね」
「凄い雨だったからね。俺はてっきり、あのまま雨天中止になるかと思ってたよ」
今日の天気は晴れ時々雨。
特に放課後頃の雨はひどくて、絶対このまま降り続けると思ったものだ。
「しかも、あきらめて走って帰ったら家についた途端に止んだしな」
「そういう時って、なんとなく損をした気分になったり納得いかなかったりしますよね」
微笑みながらそう返す草壁さん。
が、そんな草壁さんをジト目で見ながら
「っていうか、一番納得いかなかったのはあたしと貴明が必死になって走ってる横を優季さんが余裕の表情で追い抜いていった事なんだけど」
ボソッとつぶやかれた由真のボヤきは、俺も同感だった。
「じゃぁ、ペアはこんな感じね」
タマ姉がぐるりと見渡した先には、俺に由真に草壁さん、このみ、雄二、小牧さんに笹森さん、珊瑚ちゃん瑠璃ちゃん、小牧姉妹にるーこの姿があった。
雄二、お前ホントに女子ばっかり呼んだな。
しかも俺の知り合いばっかりだし。
「これって……絶対細工されてるわよね?」
「あぁ、間違いない」
くじ引きで決まったペアは、俺&由真、このみ&草壁さん、珊瑚ちゃん&瑠璃ちゃん、るーこ&笹森さん、タマ姉&雄二、小牧姉妹の6組。
ここまでわざとっぽい組み合わせだと、最初からクジ引きする必要が無かった気がしてくるな。
「うおぉぉぉ……何故、何故よりによって姉貴と……」
「山の頂上にある木に、白いハンカチが結んであるの。
そのハンカチを持ってこの場所に戻ってくること。以上!」
泣き崩れる雄二を完全に無視して、ルール説明をするタマ姉。
「夜道は暗いし、無理してとって来いとは言わないけど……ちょっとした罰ゲームもあるからお楽しみにね」
タマ姉、それは『罰ゲーム受けたくなければ意地でも取って来い』って事ですか?
「じゃぁ、うちら行ってくるな」
「さ、さんちゃん、なにも最初に行く事無いやん」
一番乗りしたい珊瑚ちゃんと、怖がっているのか逃げ腰な瑠璃ちゃん。
「草壁先輩、よろしくであります!」
「はい、よろしくお願いします」
こっちは肝試しというより、どこかに散歩に行くかの様な雰囲気のこのみと草壁さん。
「い、郁乃、大丈夫だからね? お姉ちゃんがついてるから――」
「お姉ちゃん、足震えてるけど」
小牧姉妹は相変わらず。
「るーこちゃん、お化けがいたら一緒に捕まえようよ!」
「構わないぞ。いざとなればるーの力で――」
あっちの物騒な会話は……聞かなかったことにしよう。
「じゃぁ、肝試し大会……開始ー!」
大騒ぎしながら行った姫百合ペア、びくびくしながら登っていく小牧姉妹ペアに、もの凄い勢いで突入していった笹森さん&るーこペア、朗らかに出発した草壁さん&このみペアを見送り、俺と由真も山に入っていた。
昼間はなんという事の無い風の音や葉の擦れる音も、夜に聞くと何処かいつもと違って感じる。
それは俺だけでは無いらしく
「あの、由真? 怖いのは分かるんだけど、ちょっと歩きづらいかな〜と」
「べ、別にあたしは怖くなんて無いわよ!
ただ、はぐれるとちょっとメンドウかなってだけで、あたしはホントに……」
いつもは率先して進んで行く由真が、今は俺の腕に思いっきりしがみついて少し後ろを歩いていた。
誰も見ていないとはいえ、正直かなり恥ずかしい。
雄二あたりが見たら「この恋愛ブルジョワジーめ!」とか言わるに違いない。
ただ、実は由真が思いっきりしがみついてきているせいで腕がしびれてきていたりする。
頼りにされてるのは嬉しいんだけど、それならもう少し安心してくれても良いんじゃないだろうか。
「だいたい、肝試しなんて子供のやる事じゃないの。
そんなのであたしが怖がったりするわけが……」
なんかまだブツブツ言ってるし。
「そうよ、何か話でもしながら行かない?
黙って歩くだけって言うのも変でしょ」
いや、別に肝試しは黙ってても問題ないんじゃないのか?
もともと怖がるためのイベントだし。
「ほら、何かないの?
最近あった面白い話とか、おかしい話とか」
「ん〜……何でも良いのか?」
「なんでもどーぞ」
ふむ、なんでもOKと来たか。
じゃぁ……コレなんてどうだろう。
「えっと……これは先輩が経験した話なんだけどな」
話を思い出しながら、言葉を続ける。
「その先輩、中学ん時に盲腸やって入院したんだ。最初の頃は休めてラッキーとか思っていたらしいんだけど、一日中ベッドで過ごしているうちに、夜眠れなくなってしまったわけだ。
ちょうどその日も、真夜中に目が覚めて眠れずにいたらしい。仕方ないから、そのままボーッとしているとな、廊下の方から足音が聞こえてくるんだよ。
『あぁ、看護婦さんが見回りしてるんだ』
先輩はそう思って、また目を瞑ったんだ。
でもな、そのうち、妙な事に気がついたんだ」
「ちょ、ちょっと貴明! それ怪談じゃ――」
由真の抗議を無視して、話を進める。
「足音と一緒に、キュコ……キュコ……キュコ……と、何かが擦れるような音も聞こえるんだよ。
何の音だろうってよく聞いてると、どうやらそれは車椅子が――」
「あぅわあぁぁぁ!?」
ガッ――
「うおぁっ!?」
突然悲鳴を上げて飛びついてきた由真に、首を思いっきり締め上げられた。
「あ、ごめん貴明」
あわてて俺から離れる由真。
「ど、どうしたんだ一体? 今の話、まだ驚くところじゃないぞ?」
「いや、そうじゃなくて……」
俺の言葉に生返事を返しながら、おびえたような表情で周りをキョロキョロと見回している。
? 何か虫でもいたんだろうか。
「なんかね、首筋をモシャッとしてヒヤッとしたものがかすめたのよ」
「モシャッとして、ヒヤッとしたもの?」
なんだそれ。
「落ちてきた葉っぱでも当たったんじゃないか? ほら、雨が降ったからまだ濡れててヒンヤリしてるだろうし」
「うーん、そう言われるとそんなような気もしなくはないような……」
納得いかない表情で、後ろ首をさする由真。
まぁ、肝試しという事で由真も少し神経質になっているんだろう。
「で、さっきの話の続きなんだけどな」
「いや、もうそれはいいから」
「あ、そう?」
なんかこの話、最後まで続けられた事ないな。
前にこのみに話したときも、途中でつねられたし。
「まぁいいわ。別に何かいたとか聞こえたとか、そういうワケじゃな――」
――むぐぎゃぁあぁぁぁぁぁ!――
「……」
「……」
何も言わずに、俺の腕にしがみつく由真。
俺のほうにも「歩きにくい」とか「腕がしびれた」なんていう余裕は無かった。
「い、今の……聞いた?」
「今のって、やっぱり悲鳴……だよな」
なんていうか、万力で思いっきり頭を締め上げられた時くらいの苦痛を味わった人があげる悲鳴、といえばわかってもらえるだろうか。
「と、とりあえず……さっさとハンカチ取って帰ろう」
「え、い、行くの?」
いや、俺だって行きたくないけどさ。
もし『お化けが出たので帰ってきました』なんて言って手ぶらで帰ったりしたら、タマ姉に『そんなのいないから、さっさとハンカチ取ってきなさい』って言われてまた山登りをするハメになりかねないし。
ましてや罰ゲームなんて何をさせられる事やら……
「じゃ、じゃぁ走っていくのはどう?
思いっきり走ってれば、周りの事なんて気にならないじゃない!」
「お、いいなそれ! じゃぁさっそく――」
「あ、こら、引っ張るな!」
由真の手を取り夜の山道を思いっきり駆け上がる。
夜の山道を走るのは結構あぶないが、そんな事よりさっさとこの肝試しを終わらせて帰りたい。
その一心で一気に駆け上がり――
「あ、あの、さ、貴明」
「ん? な、んだ?」
さすがに息が上がってきた頃、由真が小声で話しかけてきた。
「さっきから、後ろから何か追っかけてきてるような気がするんだけど」
……マジですか?
「気のせい……とかじゃないのか?」
「そんなの、わかってたらいちいち聞かない、わよ!」
そ、それもそうか……
一度そう言われると、なんとなく後ろから何かが追いかけてきている気配がしているような気がする。
けど、こんな夜の山に誰かいるわけ無いし、動物だってとっくに寝てるだろう。
「……一気に立ち止まって振り返ってみるか?」
「それで何かいたらどうするのよ!」
「そしたら逃げるしかないだろ。 でも、何もいなかったら走り続けるのもバカバカしいぞ?」
「う、うぬぅ……」
少し考え込むような顔をし、しかしすぐに
「じゃぁ、1、2の3! で振り向く、ってのはどう?」
どうやら由真も、後ろが気になるらしい。
ただ単に走りつかれただけかもしれないが。
「じゃぁ行くぞ? 1――」
「2の――」
一瞬視線を合わせ、同時に合図を口にする。
『3っ!』
急に立ち止まり、同時に振り返る俺と由真。
――ガサガサッ、ガサッ
俺達が走るのをヤメたのに少し遅れて、横の草薮から音がした。
「や、やっぱり何かいるでしょ?」
「な、何かってなんだよ……」
音がしたあたりをジッと見つめる俺と由真。
確かに音はしたが、それっきり音もしないし、何かが動く様子も無い。
「……」
「……」
さらにジッと見続ける俺達。
いや、目を離した瞬間にソコから何かが飛び出してきそうで、目を離せないというのが正しいかもしれない。
「た、貴明、どうするのよ?」
「ど、どうするって……」
幽霊の、正体見たるや、枯れ尾花、という言葉がある。
お化けなんてものは、人間の怯えと恐怖心がなんでもないものを勝手に怖く思わせるだけ、という言葉だ。
理屈ではそうだとわかっているし、実際そうだと思う。
けど……わかっていてもやはり怖いものは怖い。
「お、おい、誰かいるのか!」
返ってくるはずもないのに、思わず声をかけてみる。
しかし、
『1ま〜い』
返ってきたのは、予想のはるかに上を行く声だった。
これってまさか、待ち合わせ中に由真と話していた幽霊――お菊さんの声!?
「た、貴明!? あんた何呼んだのよ!?」
「べべべ、別に俺が呼んだわけじゃないだろ!?」
パニックに陥った俺と由真が騒いでいる間にも、声は続く。
『4ま〜い……5ま〜い』
「も、もしかしてあたしたち、このままお菊さんに連れて行かれちゃうの!?」
「なっ……そんなことあるわけ無いだろ! ……って、よく考えたら成仏させる方法もさっき草壁さんから聞いたんだっけ」
そう考えると、別段慌てる事も無い。
ただ10枚と言えばいいだけなのだから、これほど簡単な話も無いだろう。
「そ、そうよね、慌ててたら言い間違えかねないもんね」
胸に手を当て、大きく深呼吸する由真。
『7ま〜い』
9枚目までかぞえたら、そこで「10枚」と言ってやればいい。
ただそれだけの話だ。
『8ま〜い』
由真が俺の手をギュッと握ってくる。
俺も由真の手を握り返し――
『9ま〜い』
今だっ!
「10ま――」
「足りなーいっ!!」
…………
何とも言えない微妙な沈黙が、辺りを支配した。
「……あ、あれ、貴明?」
思わず頭を抱えた俺に、由真がキョトンとした顔を向けてくる。
「あ、あのさぁ、由真。一つ言いたいんだけど――」
「? なによ」
どうやら本当にわかって無いらしい。
「おまえさぁ……今、これ以上無いってくらいにハデにセリフ間違えなかったか?」
「え? 今あたし、ちゃんと『足りない』って……あ゛」
気がつくと同時に、由真の顔がみるみる青くなっていく。
いつも元気な由真が、ここまで青ざめているのも珍しいな。
……って、そうじゃないだろ俺!
「た、貴明は今、10枚って……」
「言いかけたけど、由真の声に驚いて最後まで言ってない」
要するに俺達は、お菊さんを成仏させるどころか追い討ちかけたってワケだ。
ガサッガササッ
「――ッ!?」
草薮を掻き分けるような音に、由真が声にならない悲鳴を上げる。
その視線の先には――
「う、ウソだろ!?」
白い着物に額に巻かれた三角布、闇に溶けるような黒く長い髪――
まさしく幽霊といった感じの姿の女性が、そこに立っていた。
「あ、あうぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「どわぁっ!?」
いきなり俺を引っ張り、お菊さんと反対方向の草薮の中に走り出す由真。
突然の事に、由真に引っ張られるまま走るしかない。
ただ、お菊さんの顔は髪がかかっていてよくみえなかったものの、成仏できなかった怒りや皿が足りない悲しみというより、何とも言えない困惑の色に染まっていたような気がした。
「ぜぇ、ぜぇ……で、ここはどこだ?」
「……」
由真に引っ張りまわされること十数分。
山道を駆け上った後とは思えないほどの速さと時間を走り続けた俺達は、見事に迷子になっていた。
「はぁ、まさか本当に出るとはなぁ……
この山、一度お払いでもしてもらったほうが良いんじゃないのか?」
「……」
「……? おい、由真?」
黙って木の根元でうずくまる由真。
なんか、様子がおかしいような……
「由真? どうした?」
由真の隣に座り込み、目線を合わせる。
「た、貴明……」
「なんだ?」
うつむいたまま、小さな声を発する由真
「あ、あたし、やっぱりお菊さんに連れていかれちゃうのかな……」
「連れてかれる?」
ふと、由真と待ち合わせ中にしていた話を思い出す。
『お菊さんは今でも夜中に足りないお皿を数えてるんだけど、当然足りないでしょ?
それで、その恨みとか悔しさとかイロイロあって、たまたま通りかかった人をどこかに連れて行っちゃうのよ』
「連れて行かれたら、もう戻ってこれないのかな?
もう、貴明とも会えなくなっちゃうのかな?」
よく見ると、由真の肩はおびえるように小さく震えていた。
いや、おびえるように、ではなく本当におびえているんだろう。
「そ、そんなの、そんなのヤだよぉ……」
子供のように俺の服をギュッとつかみ、さらに小さくうずくまる。
そのいつもとは全く違う弱気な言葉が、いつかの月夜に見た由真と重なって――
「たかあ……き?」
気がつくと、由真の体を強く抱きしめていた。
「大丈夫、由真はどこにも連れて行かれないし、連れて行かせなんてしない」
「え? で、でも……」
戸惑ったように言葉を続けようとする由真。
だが、それをさえぎり俺の言葉は続く。
「前に言ったろ? 人形なんて、関係ないって」
そう、今のこの時は、まるであの月夜の再現。
どこかへ行ってしまった由真を見つけ出し、誓いを交わしたあの夜。
由真を追い、怯えさせるものが現実という未来なのか、幽霊なのかという違いはあるかもしれない。
けど、俺の気持ちはあの時と全く変わってはいない。
だから――
「由真がどこに行っても、どこに隠れても、何度だって探し出して連れ戻す」
「……ぁ」
そうだ、だから由真が怖がる必要なんて無い。
幽霊が由真を連れて行くと言うなら、俺は断固として拒否する。
それでも奪っていくというなら、力ずくでも取り返してみせる。
そう決意した瞬間
――カサッ
草がすれる音とともに、白い装束が浮かび上がる。
「――っ」
由真が息を呑む音と同時に、俺は由真とお菊さんの間に立ちふさがる。
「……」
「……」
「……」
三人の沈黙が重なり、時だけが過ぎていく。
そして、最初に動いたのは――
「あ、あの……大丈夫でしたか? 由真さんに貴明さん」
困ったような感じで声をかけてきた、お菊さんだった。
いや、お菊さん……っていうか、今俺の事を「貴明さん」って言ってたよな?
ということは、もしかしてこのお菊さんって
「えっと……草壁さん?」
「え、ウソ!?」
驚きの声を上げる由真。
けど
「本当ですよ、私はお菊さんじゃありません」
頭の三角布を外し、顔を覆っていた長髪を後ろに流す。
すると、そこに居たのは、まさしく俺のクラスメイトの草壁さんだった。
「え、えーっと……草壁さん、なんでそんな格好を?」
「ふふ、コレですか? これはですね――」
翌日
「しっかしまぁ、昨日は驚いたよな」
「まったくよ。みんなしてあたし達の事を脅かして楽しんでたなんて!」
肝試しの翌日、教室で俺と由真、それに雄二と小牧さんは昨日の話をしていた。
あの後、お菊さんに変装した草壁さんから俺達はネタばらしを受けていた。
なんでもこの肝試し、タマ姉達で企画した俺と由真に対するドッキリのようなものだったとか。
それぞれが俺達を驚かし、それを録画して後で楽しむつもりだったらしい。
例えば、最初に由真が感じた『モシャッとしてヒヤッとした何か』。
アレは珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんが用意した冷やしたシラタキだったそうだ。
なんでも瑠璃ちゃんは、前に珊瑚ちゃんホラー映画を見に行った際にコンニャクでイタズラをしたことがあるらしい。
それで、今回はバージョンアップしてシラタキだったそうだ。
「しかし、雄二のは……ある意味捨て身の大仕掛けだったよな」
「うん。あれは今思い出してもちょっと怖いわね」
途中でいきなり聞こえてきた悲鳴。
あれ、雄二とタマ姉らしい。
タマ姉が「仕掛けは任せろ」と言っていたのでノコノコとついていき――いきなり口をふさがれアイアンクローを食らったんだとか。
あと、俺達を追いかけていたのは録画係のるーこと笹森さん。
俺達が走り出したのでそれを追っていたらガサガサ音が出てしまい、俺達に見つかりかけたわけだ。
「でもまぁ、草壁さんのお菊さんは反則だよな」
草壁さんは黒い長髪を生かして、お菊さんに変装したらしい。
ちなみに衣装は春夏さん提供で、持ってきたのがこのみだとか。
ただ、草壁さんいわく
「由真さんがいきなり『足りないっ』と叫んだときは、さすがに対応に困りました」
だとか。
まぁ、いきなり足りないなんて言われたら困るだろうな。
キレイに正反対の答えだし。
「ま、あそこまで驚いてもらえると、仕掛けた側としてはうれしい限りだけどな」
「でも、由真はちょっと驚きすぎだよぉ」
「う、うるさいわね! 愛佳もそういう事言わないの! あの時は本気でお菊さんに連れ去られるかと思ったんだから」
「そうかぁ? 由真ちゃん、優季ちゃんが仕掛ける前から貴明にくっついてたような気がするんだけどな〜」
とぼけた表情で言う雄二に、由真の顔が真っ赤に染まる。
「な、なんでそんなの知ってるのよ! まさかあんた、覗いて――」
「いや、あの後ビデオみたから。 あのビデオ、俺のなんだぜ?」
雄二、お前最悪だ。
「あと由真、お菊さんは人を連れ去ったりはしないよ?」
「へ?」
小牧さんの言葉に、ヒートアップしていた由真が一気に動きを止めた。
「お菊さんは隠されたお皿を探しているだけだから、10枚って言ってあげなくても泣き続けるだけで悪いことはしないの」
泣き声がどこまで逃げても聞こえてくるから少し怖いけど、と補足した小牧さんの言葉に、由真がヘナヘナと椅子に座り込む。
「じゃ、じゃぁ何? もしかして、あたしが逃げ回ったりしたのは全部――」
「無駄だな、完璧に」
「う、うわぁ〜……」
俺の容赦ない一言に、机に突っ伏す由真。
うん、最初に由真とお菊さんの話をしたときの違和感はこれだったんだな。
「そういえば、小牧さんは何をする予定だったの?」
「え? あたしですか?」
るーこと笹森さんは撮影係。
姫百合姉妹はシラタキで、向坂姉弟は悲鳴役。
このみと草壁さんはお菊さん。
そうなると、見れなかった小牧さんが何をするつもりだったのかも気になってくる。
「郁乃は最後のシメくくりなので、その……」
「要するに、貴明と由真ちゃんにトドメさす役だな」
いいよどむ小牧さんに、雄二が助け舟をだす。
「トドメって……何?」
「貴明」
雄二が突然、俺の肩をつかむ。
その真剣な眼に、思わず言葉を失った。
「世の中にはな、知らないままの方がいい事もあるんだ。聞くな、やめておけ」
「い、いや、ヤメておけって……」
「予行練習で見たときは、マジで姉貴が腰抜かしてたくらいだぞ? それでも聞きたいか? 聞きたいのか!?」
「や、やめておきます……」
タマ姉が腰を抜かすって、一体何をするつもりだったんだ、小牧さん……
「皆さん、おはようございます……コホッコホッ」
小牧さんの怖い一面を見たような気がして呆然としていると、草壁さんもやってきたらしい。
「おはよう、草壁さん……って、どうしたの? カゼでもひいた?」
振り向いた先にいたのは、白いマスクをつけた草壁さん。
「えぇ、実は昨日からカゼをひいてしまいまして……」
まぁあの寒い山にお菊さんの格好でずっと隠れてたりしたらカゼくらい引くよな。
そう思っていたら
「すいません、昨日は何も言わずに欠席してしまって」
「……へ、欠席?」
草壁さんのよくわからない一言に、俺達全員が首をかしげる。
「はい。ですから、昨日雨の中を走って帰ったせいで夕方から熱が出てしまったので、それで肝試しを欠席――」
「ちょ、ちょっと待てって優季ちゃん!
優季ちゃん、昨日確かにお菊さんに変装してたぜ?」
慌てる雄二に、それでも草壁さんは落ち着いて
「お菊さん……ですか? 私、昨日はずっと家で寝込んでましたけど」
……多分、空気が凍りつくって言うのは今みたいな今みたいな瞬間のことを言うんだと思う。
そういえば昨日、草壁さんはいつのまにか由真の後ろに現れていたような……
「……貴明」
「な、なんだよ」
「もしあたしに何かあったら、ちゃんと連れ戻しに来てよね」
「だからお菊さんは人を連れて行かないんだって」
そう言ったものの、背筋を走る悪寒は消えも薄れもしなかった。
いや、私は肝試しとか参加したくありませんし(だからどうした
というワケで、「由真の肝試し」でした。
草壁さんがお菊さんに変装したのは、別にもともと「草壁さんって白装束に合いそうだな〜」とかタワケた事を考えていたわけではありません。
純粋に白装束が似合うのはパナ○ェーブ研究所だけです(あの組織、今どこで何してるんでしょう?)。
もともとは「草壁さんって和服とか似合いそうだよな」と妄想していたのがきっかけです。
で、ためしに草壁さんが和服を着ている絵を落書きしてみたのですが、色塗りをサボったため黒線オンリーの和服草壁さんが完成。
それを見た綾崎の感想が、コレ↓
「……お菊さん?」
そんな妄想が変な方向に発展した結果、草壁さんが和風のお化け(人型限定)に変装したら意外と似合うんじゃないだろうか、と思い至った次第です。
というワケでお化け草壁さんを書いてみたいなぁ、と思い書いたのがこのSS。
つまり、このSSの真の主役は草壁さんだったんですね(ちげぇよ