「ねぇ由真。河野君にあげるチョコ、どんなの作るの?」
「え、チョコ?」
下校中、愛佳がいきなり振ってきた話題はそれだった。
「そういえば明日ってバレンタインデーだっけ。すっかり忘れかけてたわ」
おもわずそうつぶやいたあたしに、愛佳は
「……由真、それ女の子として問題あると思うよ?」
あきれたような表情でため息をついた。
「しょ、しょうがないでしょ! いままで関係ない行事だったんだから」
「でも、今年は関係あるよね?」
ニンマリとした笑みを浮かべながら聞いてくる。
確かに、今年のあたしは今までと違って彼氏持ち。
そうなると、やはりアイツに――貴明にチョコをあげなければいけないんだろう。
「じゃぁ、ちょっとコンビニにでも寄っていこうか」
「え? 材料なら、コンビニより駅前のデパートじゃないとそろわないよ?」
不思議そうな目を向けてくる愛佳に、
「いや、材料じゃなくてチョコ自体を買うからどっちでも――」
そう、答えかけた瞬間だった。
「由〜真ぁ〜」
妙な気迫のこもった愛佳の声に、あたしは思わず言葉を切った。
「なんで、完成したチョコを買おうとしてるのかな?」
「え、なんでって、それをラッピングして渡せばいいかな、って」
「ダメだよそんなの。ちゃんと手作りのをあげなきゃ」
「で、でも、あたしチョコなんて作ったことないわよ?」
そう言ったあたしを、愛佳は意外そうな目で見つめてくる。
「もしかして、おじいさんにもずっと普通に売ってるチョコあげてた?」
「うん、泣いて喜んでた」
まぁ、おじいちゃんは子煩悩の極みみたいな人だから、あまり参考にならないというのはあたしにもわかるけど。
「じゃぁ、もしかして作り方も知らないの?」
作り方ね……たしか、原材料はカカオっていう木の実だったから……
「カカオをすりつぶすんじゃないの?」
「し、しないよそんな大変な事。
とにかく、デパートに行こうか。作り方は後でメモに書いて渡すから」
「え? ちょ、ちょっと愛佳! あたし別に作るなんて――」
そう言ったあたしに、愛佳はニンマリと笑いながら
「由真の手作りチョコ、河野くん喜ぶだろうね〜」
「べ、べつにあたしは、アイツを喜ばせたくなんて――」
「ふ〜ん、喜ばせたくないの?」
「いや、その、えっと、別に喜ばせたくないワケじゃなくて……
ま、愛佳が作れって言ってるから作るだけなんだからね、あたしは!」
「はいはい、とりあえず行きますよ〜」
こうして、あたしの始めてのチョコレート作りが始まった
Engagement Chocolate
「というわけで、しばらく台所に入ってきちゃだめだからね」
「はいはい、頑張ってね」
妙にニヤニヤしている母親を追い出すと、あたしは殆どつけたこともないエプロンを身に着けた。
「えっと、材料はそろえたし愛佳のメモもちゃんとある、と」
いままでチョコどころかお菓子自体あまり作ったことのないあたしにとって、愛佳のメモは必需品。これがなければ、チョコを作るなんて不可能に決まっている。
愛佳は「何かわからなかったら、すぐに電話してね? 失敗してからじゃ遅すぎるんだから」と言っていたが、メモを見ながらならそんな事にはならないと思う。
「道具は作りながら探せばいいかな」
そうつぶやきながら袖をめくり戦闘準備完了、早速始めてみよう!
「まず最初は……えーっと」
『チョコを細かく切る、もしくは砕く。粉々にしろとは言わないけど、あんまり大きいと後でチョコを溶かす時が大変になるよ』
「なるほど、小さくすればいいわけね」
ペキペキ、ペキペキ
「うん、別にここはそんなに苦労するようなところじゃないわよね。
確か次は、チョコを溶かすんだったわよね」
チョコが温めると溶けるってくらいはあたしにもわかる。
小なべにチョコをいれ、コンロにかける。
「うん、溶けてる溶けてる――って!!」
コンロのまわりに漂う苦い香り。
「うわ、コゲてる!? なんでなんで!?」
急いで火を消し、愛佳のメモを確認してみた。
すると
『チョコを小なべに入れて、湯煎で溶かす。普通にコンロにかけたりするとコゲるから、絶対にやっちゃだめだよ……って、もしかしてもうやっちゃった?』
「なんで作り方のメモにあたしの行動の予測が入ってるのよ。しかも当たってるし……」
まぁとにかく、直接温めたらダメという事はわかった。
……で、湯煎ってなに?
コゲついた小なべを洗いながら考え、あたしの中で出た結論は
「やっぱり、お湯で溶かすのよね」
洗った小なべでお湯を沸かし、そこに砕いたチョコを入れると
「な、なにこれ……」
お湯にチョコが溶け広がり、どう見ても食べられそうなモノには見えない。
「うぬぅ……しょうがない、愛佳に電話しよ」
結局、最初に「メモを見ながらなら大丈夫」と考えてから30分もたたないうちに愛佳に電話することになったのだった。
☆☆☆☆☆
『どう由真、うまくできた?』
「うん、イイ感じに溶けてる。」
なんでも湯煎っていうのがは『小なべをお湯にひたしてジンワリと温める』って意味だったらしい。
『後は型に入れてから冷やして、ちょっと飾り付けするだけなんだけど、なにかわからないところってある?』
「型に入れて、冷やして飾り付けして……うん、多分だいじょうぶだと思う」
『そう? わからなかったた聞いてね。さっき言ってたみたいに、チョコをお湯に入れたりしてからじゃ遅いんだから』
「わかってるわよ。じゃ、ありがとね」
心配そうな愛佳に礼を言って、電話を切った。
「というわけで、次は型に入れて冷やすワケなんだけど……」
普段お菓子を作る習慣どころか台所に立つ習慣もないあたしにとって、何がどこにあるのかなんてわかるわけがない。
小なべみたいなわかりやすいものはともかく、お菓子に使う型なんてどこにあるのやら。
先に探しておくべきだったかな、と思っていたら
「どう由真、チョコレート作りは順調?」
「うわっ!? お母さん、入ってこないでって言ったでしょ!」
「うーん、でもやっぱり心配だったから。それに、さっきコゲくさい匂いもしたし」
「なら匂いがした時に来なさいよ……」
火事にでもなっていたらどうするつもりなんだろう、この人は。
「って、それよりお母さん、チョコの型ってどこにあるか知らない?」
「型? あぁ、確か昔にお母さんが使ったのがあったハズだけど……」
そういって、お母さんは調理台の下を引っ掻き回し
「あったあった。はい、これでいいわよね?」
「……」
思わず絶句してしまった。
お母さんが取り出したのは、確かにチョコを作るのに使いそうな型だった。
そこにはなんに問題もないと思う。
けど……
「どーしてハート型なんて恥ずかしい形してるのよ!」
「どうしてって、だってそれしか持ってないもの」
あたしのお母さんって一体……
「はい、頑張ってね」
そう言ってハートの型を差し出してくる。
「こんなの作っても、恥ずかしくて渡せるわけが……」
そう言って断ろうとした瞬間、愛佳の言葉が頭をよぎった。
『由真の手作りチョコ、河野くん喜ぶだろうね〜』
じゃぁ、もしあげなかったらアイツはどう思うんだろう。
アイツの事だから、きっと自分から「バレンタインだからチョコくれ」なんて言わない。
というか、そんな事を言う貴明なんて想像もつかない。
でも、やっぱりアイツは欲しいのだろうか。
あたしの作ったチョコが――
「あぁもう、それしか型がないならそれで良いわよ!」
正直かなり恥ずかしかったけど、チョコをあげなかったせいで貴明にショゲた顔をされたりするのは嫌だし、あたしが貴明のことを好きじゃないなんて思われるのはもっと嫌だった。
お母さんから型を奪い取ると、適当にゆすいでから布巾で水気を取り、一気にチョコを流し込む。
「由真、ずいぶんと気合入ってるわね」
「違うわよ、こうでもしないと恥ずかしくて作れないでしょ、こんな形」
とはいえ、一度流し込んでしまえば今更文句を言っても後戻りはできない。
「あとはしばらく冷やせばオッケーっと」
チョコをこぼさないように冷蔵庫に入れると、あたしは慣れない作業で疲れた背筋を思いっきり伸ばした。
チョコが固まるまで、あたしにすることなんて全く無い。
とりあえずいったん台所を片付け、続きは夕食のあとにすることにした。
☆☆☆☆☆
「うん、見た感じ固まってるかな」
夕食の前に冷蔵庫に入れたチョコは、キレイに黒く固まっていた。
「最後の飾りつけはそんなに時間がかからないって愛佳も言ってたし、さっさと終わらせますか。
えっと、まずは……」
『飾りつけ準備 飾りつけ用のホワイトチョコを湯煎で溶かして、注射器に入れる。
注射器は材料にオマケで入ってるよ』
「――注射器?」
そういう名前の道具か何かだろうかと思いながら、飾り付け用のチョコを開封してみると
「うわ、本当に注射器じゃないコレ」
さすがに針はついていないけど、確かに小さな注射器が入っていた。
お菓子作りでこんなモノに出会うとは思ってもみなかったので、正直あっけにとられながら溶かしたホワイトチョコを注射器に入れ、メモの続きを読む。
『注射器を使って文字を書く。一気にチョコを出しすぎると線が変になるので力加減に注意』
なるほど、文字を書くわけね。
確かに注射器は、そういう作業に向いていると思う。
あたしみたいなシロートでも押せばチョコは出るし、愛佳みたいな上級者なら力加減で線の太さを調整したりすることもできるのだろう。
そう思いながら続きを読むと
『じゃぁ、がんばって[ I LOVE TAKAAKI by
YUMA ] って書いてみよう』
「……別のを書こう」
迷わずそう決めた。
「さて、何を書こうかな〜」
ハートマーク……はチョコがすでにその形だし、相合傘……はなんか子供っぽい。
普通にあたしと貴明の名前を……いや、普通すぎて面白くない。
何かこう、あたしならではの飾りつけをしたいんだけど……
「あ、そうだ!」
ふと、ある構図が頭に浮かんだ。
これならあたしと貴明にしかわからないし、愛佳の書いた文ほど恥ずかしくない。
「えっと、確かここがこうなって…あ、あれ?」
力加減の問題か、それ以前の問題なのか。
直線を引こうとしているのにうまくいかず、ふにゃふにゃとした線になってしまう。
「む、注射器って意外と書きづらいのね……」
鉛筆なんかとは持ち方が違うからしょうがないのかもしれないけど、これはかなり使いにくい。
常に頭の部分を押しながらでないと書けないし、押していても力が強すぎれば線が太くなるし、逆に弱すぎると細い線になるどころか、線が切れてしまうこともある。
しかも一度書いた線を消すことはできないから、どうしても慎重な作業になってしまう。
「――よしっ、できた!」
かなりの時間をかけ、なんとか完成したイラストは
「うーん、我ながらヒドい出来……」
直線のはずなのに曲がっていたり、時間をかけすぎたせいでチョコの表面が溶けてホワイトチョコと混ざりかけていたりと、見た目はかなり不恰好。
「けどまぁ、貴明なら何のイラストかくらいわかるでしょ」
そう自分に言い聞かせ、チョコを再び冷蔵庫に入れる。
愛佳のメモには『飾りつけは30分も冷やせば十分固まるから、そうしたらラッピングすれば完成だよ』と書いてある。
つまり、次に冷蔵庫からチョコを出すとき、それはチョコが完成したとき。
「貴明め、明日はびっくりさせてやるんだから」
そんなことを考えていたら、一つだけやり忘れたことに気がついた。
「貴明に電話しておかなきゃ」
さすがに人のいるところで堂々とチョコを渡す度胸はないし、かといって明日学校で「貴明、放課後に一人で屋上に来なさい」なんて言おうものなら絶対周りに冷やかされる。
いや、そもそも恥ずかしくて言えない気もするけど…
それなら、今のうちに待ち合わせの約束をしておいたほうが良いと思う。
思いついたら即実行。
しようと、思ったんだけど……
(うわー、なんか凄く緊張する)
あいつの家になんて何度も電話してるのに、なんだか今回はすごく緊張する。
いつものようにやればいい。
そう思ってはいるのに、どうしても指が動かなくなるというかなんというか……
しばらく電話のまえで受話器を取ったり置いたり、電話から離れたり戻ったりを繰り返し、
「えぇい、電話くらいで何をうじうじしてるのよあたしは!」
気合任せに、一気に番号を押してしまう。
短いような、それでいて長いようなコール音の後に
『はい、もしもし』
受話器から聞こえる声。
「た、貴明? あ、その、あたしだけど」
セリフ噛みまくりのあたしに、貴明は少しだけ黙り込み
『えっと、詐欺ですか?』
「ちがうわよ、声でわかってるでしょ!」
『そりゃわかってるけどさ、一応名前くらい言えよな」
「はいはい、じゃぁ長瀬ですけど」
なんか、緊張してる自分がバカみたいに思えてきた。
一度そう思うと、さっきまでの緊張もどこかへ消え、普通にしゃべれるようになってくる。
「明日の放課後、一人で屋上に来ること。以上」
『屋上? また何か勝負しようって言うのか?』
「ちっがーーう!!」
どうやら貴明は、あたしの呼び出し=何か勝負を挑まれると思っているらしい。
まぁ、実際そのパターンが多いんだけど。
「来ればわかるわよ。あと、明日はあたしの教室に来ちゃダメだからね」
『? なんだその条件……まぁいいか。とりあえず、明日の放課後に屋上に行けばいいんだな』
「そう、忘れたら許さないからね。それじゃ、また明日」
『はいはい、また明日』
受話器を置いてから、あたしは大きくため息をついた。
そうして、ふと時計をみると
「……なんで一時間もたってるのよ」
電話の前でしばらくうじうじしていた間に一時間経ったんだろうけど
(知らない人が見たら、ただの怪しい人だったろうな……)
……想像したら、本当に怪しかった。
「そ、そんなことより、チョコ出来てるかな〜」
少しブルーになった気分を強引に切り替え、チョコを取り出す事にした。
明日、アイツにチョコを渡すときのことを想像すると、自然と顔がニヤけてくる。
あのチョコをみたら、貴明はどんな顔をするだろう。
喜ぶか、驚くか、いや、貴明なら真っ赤になるのが先かな……
そう思いながらチョコを取り出すと――
「え、な、なにこれ!?」
絵を描いて冷やすまではキレイな黒色をしていたチョコは、変な白い粉を吹いていた。
「と、とりあえず愛佳に聞いてみなきゃ!」
あわてて愛佳に電話してみると
『由真、もしかしてチョコを中途半端に溶かしちゃったりしなかった?』
「え、そんなこと……」
したかもしれない。
イラストを描くとき、愛佳のメモにあった文字に恥ずかしがったりイラストを描くのに手間取ったりして、表面が溶けていた気がする。
『チョコってね、一度固めたのを中途半端に溶かして、それをもう一度固めるとそんな風に白い粉を吹いちゃうの。
チョコの中の乳脂肪分が分離しちゃうからなんだけど――』
「そんなことより、これ食べられるの? 見るからにマズそうっていうか、体に悪そうなんだけど」
『うーん、別に体に悪いものじゃないから食べても平気だよ。けど、ちょっと風味が悪くなるかな』
「そっか、おいしくないんだ……」
それを聞いて、あたしはちょっとガッカリした。
せっかく作ったのに、おいしくないし見た目も悪いなんて、そんなのあげてもよろこんでもらえるハズ……
「あ、あれ?」
『由真、どうしたの?』
「いや、ちょっとね」
とりあえず、この変なことになったチョコを型から出そうとしたんだけど
「型から……取れないのよ……」
『え? あ、由真、ちょっと待って! そういうときに無理やりはずそうとすると――』
バキッ
「あ」
『……もしかして、割れちゃった?』
「――ハート型の真ん中から、キレイに真っ二つ」
『う、うわぁ……』
想像したのか、電話の向こうで愛佳がなんとも言い難い声を出していた。
『ま、まぁ、型から出す時に割れちゃうのはよくある話だし、そんなに気にしないで。ね?
ほら、次はきっとうまくいくから、もう一度がんば――』
カチャッ
愛佳の言葉を最後まで聞かずに電話を切ると、あたしは自分の部屋に戻っていった。
途中でお母さんが何か言っていたけど、何を言っていたのかよくわからない。
部屋に戻って鍵をかけると、バタリとベッドに倒れこんだ。
「はぁ……」
目を閉じると、あの真っ二つになったチョコが頭に浮かぶ。
なんでなのかはわからないけど、すごく悔しくて悲しかった。
『由真の手作りチョコ、河野くん喜ぶだろうね〜』
愛佳はあぁ言ったけど、あんなチョコをあげても喜ぶはずない。
なら作り直せば良いじゃないか、とも思うけど、どうしてもそうはいかない理由があった。
だって、あのチョコは……
そう思うと、どうしても涙が出てくる。
おさえたくてもおさえられず、あたしはしばらく泣き続け――
夢を見た気がする。
あの場所の夢。
一人だったあたしを、あいつが助けてくれた。
初めて……じゃないけど、キスをした。
二人で未来を探そうと誓ってくれた、あの場所の夢を。
コンコン
ドアをノックする音で、目を覚ました。
そしてその後に続いた声は
「由真、俺だけど入っていいか?」
「た、貴明!?」
理解不能の状況に、あたしはおもわず飛び起きた。
なんでコイツがあたしの家にいるのよ!
焦るあたしに追い討ちをかけるように
「いいから入っちゃいなさいって。
由真の事だからどうせ、いじけてるだけよ」
「だから何で由真がいじけて……え、ちょっ、待っ、うわっ――」
いきなりドアが開けられ、制服姿の貴明がつんのめるように、続いてお母さんがすまし顔で入ってくる。
どうやら、お母さんが勝手にドアを開け、貴明を突き飛ばして部屋に押し込んだらしい。
「ほら、別にどうってことないでしょ」
「どうって事なくても、女の子の部屋に無断ではいるのはどうかと……」
「何言ってるの、彼氏なんだからそれぐらいの不意打ちは問題ないわよ」
「彼氏だろうと何だろうと問題あるでしょそれ!」
部屋に入ってくるなり、貴明はお母さんに翻弄されている。
その様子を呆然と見ていると
「由真、せっかく貴明くんが来てくれたんだから、いつまでもベッドの上にいないの」
そう言ってあたしのほうに近づいてくる。
そして、あたしの耳元に顔を寄せると
「あと、あのチョコ勝手に渡しちゃったからね」
「え、えぇっ!?」
いきなりとんでもないことを宣告してくれた。
ちょっと待て、まさかあの割れたチョコを渡したと?
「大丈夫、貴明くんならわかってくれるわよ。じゃ、あと頑張ってね」
「頑張れって、ちょっと、こら、勝手にいなくなるな!」
あたしの声を無視し、言いたい放題やりたい放題やってお母さんは部屋から出て行った。
……人の彼氏に失敗作のチョコ渡すか普通。
「……」
「……」
あたしと貴明はしばらく黙り込み
「あのさ」
「あのね」
二人同時に話し始め、結局黙り込む。
「先、言っていいぞ」
「えーっと、それじゃぁ言うけど」
貴明に促され、あたしから話し始める。
「なんであんたがあたしの家にいるわけ?」
「なんでって、お前が学校休んだから心配して来たんだろ?
クラスの奴に聞いてみたら無断欠席だっていうし、カゼでも引いたかと思ってさ」
「欠席? あたしが?」
なんのことだかわからず、ふと時計を見ると
「――って、なんでこんな時間なのよ!!」
寝坊したどころの騒ぎじゃない。
すでに学校が終わっていた。
「なんか由真のお母さんの話だと、昨日は夜遅くまで起きてたからって言ってたけど」
そういえば、昨日泣いてた時、なんだか窓の外が明るくなってきた覚えが……
そりゃ寝坊もするわけだ。
「で、あんたは何を言おうとしてたわけ?」
「あぁ、俺が言いたかったのはさ」
そういって貴明は、カバンからハート型のラッピングされたチョコを取り出し
「これ、さっきおばさんから受け取ったんだけど、もらっていいものなのかどうかと思ってさ。
おばさんは間違いないって言うけど、本当に俺宛かどうかもわからないし、渡そうと思――」
「あげるわよ、もともとあんたにあげようと思ってたんだし」
最後まで聞かずに、あたしはそう言っていた。
渡せるわけない、そう思っていたのになんで返してもらわなかったんだろう。
あたしは少し考え、すぐにわかった。
なんだかんだ言ってあたしは、貴明にチョコを渡したかったんだ。
貴明に喜んで欲しくて、うれしがって欲しくて。
愛佳が「きっと喜んでくれる」って言ったから、普通のチョコじゃなくてわざわざ自分で作って、なのに……
「え、由真、な、なんで泣いてるんだ!?」
気が付くと、あたしはまた泣き出していた。
「俺、何かマズイ事言ったか? それとも、えーとえーと」
自分が何かしたと思い込んでいるのか、貴明は派手にうろたえている。
「そ、それ、開けてみれば、わ、わかるわ、よ」
「開ける? あぁ、これの事か」
ラッピングを外す音。
そして
「うわウソだろ!?」
貴明の驚きの声。
当たり前だ。あんなチョコを渡されて驚かないヤツなんているはず――
「由真、ゴメン! せっかくくれたチョコ割っちゃって……」
ここにいた。
いや、それはアンタが割ったんじゃないから。
「ホントにゴメン。わざわざ作ってくれたのに割っちゃって……
文句でも何でも聞くし出来ることがあるなら何でもするから、頼むから泣き止んでくれっ」
別にチョコを割られたって泣いてるわけじゃないんだけど。
って――
「なん、で、手作りだって、わ、わかるの、よ」
今、コイツは確かにいった。
『わざわざ作ってくれたのに』と。
けど、あたしは一度も自分で作ったなんて言ってない。
なのになんでわかったんだろう。
そう思っていると
「なんかこのチョコ、粉吹いてるだろ?
昔このみが『手作りでありますよ〜』って言って、同じようなチョコもってきたんだ」
それで、これも手作りなんじゃないかと思ったわけか。
「いやそんなことより、ホントにゴメンっ」
そういって貴明は頭を下げてくる。
けど――
「ちがう……」
「え?」
「それ、最初から割れてた……型から出す時に、割れちゃったの」
だから貴明が謝る必要なんてない。
「じゃ、じゃぁなんで泣いてるんだ?」
「だからっ……よく、みなさいよっ……」
「ん?」
貴明はしばらくチョコを見つめ
「このイラストって……」
あたしがそのチョコに描いたのは――
「ツインタワーか!」
やっぱり貴明はわかってくれた。
一人でいたあたしを、あいつが助けてくれた。
初めて……じゃないけど、キスをした。
二人で未来を探そうと誓ってくれた、あの場所の下手な絵。
けど、その誓いの場所の絵は
「また見事に、真ん中から割れてるな」
貴明の言うとおり、きれいに真ん中から割れていた。
ちょうど、真ん中のガラスを挟んで両側にいるあたし達を引き離すように。
「型から出す時に、わ、割れちゃって、なんか白いこ、粉吹いてるし、それで、そっ、それ見てたら悲しくなてきてっ……」
嗚咽交じりだった声は、最後には言葉にすらなっていなかった。
自分でも何を言っているのかよくわからなかったし、貴明にも聞き取れてないと思う。
けど、それでも貴明はあたしの言いたい事をわかってくれたのか
「――!!」
あたしを軽く抱きしめていた。
「もうわかったから、いつまでも落ち込んでないで泣き止めって。な?」
「で、でも――」
「あのさ由真。この場所で、ツインタワーで約束したこと、覚えてるか?」
そんなの覚えてるに決まってる。あの場所でした約束、それは――
「俺と由真、二人で未来を探そうって約束したんだよな」
そう、その通り。
今は見えなくても、二人一緒ならきっと見つけられる。
そう誓った場所なのに
「でも……折れちゃったじゃない。それも真ん中から」
「確かにね。でも……これでいいんじゃないかな」
「い、いいって何がよ!」
「うわっ!」
あたしは思わず貴明の腕を振り解くと、そのままつかみかかっていた。
「なにがいいのよ! いいってどういう事よ!?
貴明にとってはあたしとの約束なんてどうでもいいってこと!?
あたしの将来のことなんで、ほんとはどうでも――っ」
ぼやけた視界で、貴明の胸を叩く。
つかみかかっていたはずのあたしは、いつのまにか貴明の胸の中で泣いていた。
ちょうど、あの誓いの日のように。
貴明もあの日のように、やさしく抱きしめてくれる。
「あのさ、由真。確かに、ツインタワーが割れちゃったのはイヤだよ。けどさ――」
「むぐっ」
口の中に広がる甘い味。
これって――あたしのつくったチョコのかけら?
「『二人で一緒に』探すんだろ?
夢も、未来も、つらいことも、楽しいことも、苦い思い出も、全部一緒に抱えていくんだろ?
だから、チョコが割れたのも」
貴明は、一瞬言葉を止め
「『二人で一緒に食べろよ』って事なんじゃないかな。
なんでも二人で一緒に、ってね」
「……!!」
そう、そうだった。
ずっとあたしと一緒にいると、どこにいても探し出すと言ってくれた。
そして、二人で一緒に未来を探す約束をしてくれたんだった。
一体あたしは、何をうじうじといじけていたんだろう。
まるで――
「あの日のやりなおしみたいじゃない、これじゃ」
あの時、一人で泣いていたあたしを、こいつは助けに来てくれた。
そして今日も、一人でいじけていたあたしのところに来てくれた。
多分それは今日だけじゃなく、これからもきっとそう。
「あーもう、一人で悩んでたあたしがバカみたいじゃない」
「バカみたいじゃなくて、実際バカなんだよ。
まぁ、元気になったんならそれでいいけどさ」
いつもなら言い返すところだけど、今日ばかりは言い返せない。
だって、実際バカだったんだから。
勝手に悩んで、いじけて、泣いて。
それで貴明に心配かけるなんて、ホントにバカとしか言いようがない。
「はい、こっち側は由真の分な」
そういって差し出されたチョコをうけとり、一口かじる。
「……なによ、十分おいしいじゃない」
「だろ? 風味が落ちるとかそんな微妙な差、俺たちにはわからないって」
「見ためがひどいのは……しょうがないわよね」
「そうだな。むしろ、ツインタワーが曲がってるのとか誤魔化せて良かったんじゃないか?」
と、失礼な事を言いながら、貴明は二つになったチョコをおいしそうにかじっている。
未来を探すって言うのは、きっとすごく大変なことだと思う。
これから先、今日なんかとは比べ物にならないくらい大変なことがたくさんある。
立ち止まることも、座り込んでしまうことも、どうしようもなくて泣いてしまうことだってあるかもしれない。
けど、そんなの怖くない。
だってあたしは一人じゃない。
どんな時だって、コイツと一緒なんだから。
「貴明」
「うん?」
キョトンとする貴明に、あたしはめいいっぱいの笑顔を乗せ
「これからも、ずっと一緒なんだからね」
そう、言ったのだった。
えー、いまさらという感じのバレンタインSSですね。
もうバレンタインから一ヶ月以上経つのになんでいまさら出すんだ、という意見はあると思いますが、コレにはいろいろと事情がありまして……
実はバレンタインの最中、綾崎は期末試験の真っ最中でした。
試験など無視してSSを書き、新作SSと共にどんぐりを立ち上げてしまおうかと思っていたのですが、見事に親に怒られまして……
で、その後も親の妨害(?)にあい、結局こんな日付となった次第であります。
学生の本分は勉強なので仕方が無いのですが、次こそは頑張ろうと思いますよ、うん。
さて、今から一番近いイベントというと……え、菜々子ちゃんの誕生日?(3月21日らしいです)
……ゴメン無理です書けっこないですストーリー思いつきませんしかも時間も無いです(汗
次ぎ頑張ろうとか言いつつ、いきなり挫折するダメダメな綾崎でした。
3月19日・SS書きの先輩様のご指摘を受け一部修正。
どこを修正したかわかった方には拍手を進呈します(拍手だけですが)